学生時代の野球もパイロットの仕事も日々の鍛錬で成長できるのが魅力

#081

ANA 全日本空輸株式会社 国際線機長

水元宏さん

みずもと ひろし

【明星小学校・明星中学校・明星高校 1985年卒】

国際線の機長として活躍中の水元宏さん。明星学苑では小学校から高校まで野球に打ち込む日々を送っていました。野球を通じて鍛えた心と体が、厳しい訓練が必要なパイロットの仕事にも活かされています。学生時代の思い出と、現在の仕事についてお話しいただきました。

当初は想定していなかったパイロットとしての就職

幼稚園から高校まで明星学苑に通っていました。小学生の頃は野球に熱中していて、4年生の頃に明星のチームとして初めて創設されたライナーズというチームで、大会に出場したのが良い思い出です。練習には児玉九十先生もよく顔を出されていました。3クラスしかなかったので、当時の仲間たちとは今でも年賀状のやり取りをしたりして、交流が続いています。

高校の部活も野球部でしたが、それまでの楽しくやる野球とは違って練習はとても厳しかったです。顧問の牛久保良男先生からはよく怒鳴られていましたが、厳しい中にも人間のあるべき姿を見せていただき、とても尊敬できる方でした。特に覚えているのは、私が外野手からファーストにコンバートされてなかなか積極的なプレーが出来なかったときに「失敗してもいいから攻めろ!」と叱咤していただいたことです。その時の言葉は、人生の教訓となっています。

その後、慶應義塾大学を経て、全日本空輸(ANA)のパイロットとして就職しましたが、就職活動では銀行や証券会社などが本命だったので、パイロットになる事は全く想定していませんでした。当時はたまたまANAが自社でパイロットを養成する仕組みを導入した時期で、入社三次試験が熊本県で行われることになったんです。実機の中で試験を受けるという話を聞いて、記念になればいいかと思って受験を決めたところ、他の会社の入社試験日と被ってしまい、そのままANAの試験に合格して就職したという経緯です。パイロットという職業は子供の頃から憧れて就く人が多いかと思いきや、周りの学生も意外と私のような感じでした。

明星小学校の野球チーム(後列右から2番目が水元さん。写真中央は児玉九十先生。)

入社後、3年間続いたパイロットになるための訓練は、高校の部活と同じくらいきついものでした。大学時代は法学部でしたので飛行機に関する知識はゼロ。飛行機の構造や空を飛ぶ仕組み、航空法、操縦の仕方など、毎日新たな内容を目まぐるしく勉強していました。途中で挫折する仲間もいて、私も試験に数回落ちましたが、晴れてパイロットとして働くことになりました。

搭乗する便は国際線がメインで、その他、札幌、大阪、福岡など国内線にもよく乗っていました。国際的な仕事がしたかったのも最終的にパイロットになった理由の一つなので、その点では非常に良かったと思います。欧米も楽しいのですが、時差調整だけで滞在期間が潰れたりするので、アジアへのフライトが特に楽しく感じます。様々な国に行けること以外にも、フライトの前には各国の法律を調べたり、天気をチェックしたりと、準備がかなり必要なので、それらが上手く行って無事に着陸できた時の達成感が仕事の醍醐味です。

約30年間のパイロット生活で特に危険な目に遭った経験はないのですが、印象に残っているのは、東日本大震災です。地震が起きたのは、ちょうどパリから飛行して成田に着陸する5分前だったんです。その時、慌てて叫んでいた管制官の声が今でも忘れられません。

明星での日々が積み重なって今の自分がある

仕事をしていて特に苦労した記憶はあまりないのですが、働き出してからも機種移行の際の訓練や、キャプテンに昇格する際の訓練など、たびたび頑張らなければいけない局面がありました。特にキャプテンになるときは子供から大人に脱皮するような感覚で、大きな責任感を持って勉強しなければなりませんでした。例えば、揺れが起きた時に放置するのではなく、飛行コースを変更したり高度を変えたりと、臨機応変に対応できるかどうかといった点でも責任感が問われます。また、チームをまとめなければいけないので、人格の部分も重視されます。私の場合、副操縦士を10年ほど勤めて30代半ばでキャプテンになったので、比較的早い方だと思います。

明星学苑には幼稚園から通っていて、空気のように当たり前の環境だったので、他校との比較は難しいのですが、やはりのんびりしていると言いますか、柔らかい雰囲気があったと思います。ただ一つ言えるのは、現在があるのは明星のお陰ですし、人格形成に大きく影響しているという事です。真っすぐ正直な子を育てる教育や、凝念の時間など、多くのことが積み重なって今の自分があります。

機長就任当時。離陸前の操縦席にて。

私は最初からパイロットを目指していたわけではありませんが、振り返ると学生時代の野球もパイロットの訓練も日々の鍛錬が重要で、自分を鍛えながら成長できる点が魅力でした。現代は意外と守りに入っている子たちが多い印象ですが、受験にせよ、就職にせよ、自分の可能性を信じてチャレンジしてほしいと思います。

明星高校野球部時代(後列左から3番目が水元さん)