失敗を恐れず学び続け、素晴らしい人生をデザインしてほしい

#047

宇宙物理学者 日本学士院会員 明星大学理工学部総合理工学科物理学系 客員教授

佐藤勝彦さん

さとう かつひこ

宇宙創成に関するインフレーション理論を世界で初めて提唱し、スティーヴン・ホーキング博士をはじめとする数多くの研究者に影響を与えた佐藤勝彦さん。その偉大な功績によって、ノーベル賞候補にも名前が挙がっています。日本を代表する研究者であり、明星大学で教鞭をとったこともある佐藤先生に、現在の大学教育の課題や若者への期待を語っていただきました。

科学少年として自由な発想力を鍛える

私が生まれ育った香川県の田舎では、新月の夜になると星が輝き、天の川もよく見えて、とてもきれいでした。この星の向こう側はどうなっているのか、宇宙はどこまで広がっているのかと興味を持ったのが、宇宙物理学者になるための原体験だったかもしれません。小学生の頃から、電波というものに大きな興味を持ち、電線もつながっていないのにラジオがなぜ聞こえるのかが不思議で、部品を集めてラジオを自作したりしていました。中学時代には、アマチュア無線技士の国家資格も取りました。四国では最も若い資格取得者でした。

高校時代に湯川秀樹先生に憧れて、本格的に物理学の研究者を目指そうと思いました。京都大学に入学した後、ビッグバンの証拠である宇宙マイクロ波背景放射という電波が発見されたり、パルサーという強い磁場を持ち回転する星が発見されたりと、宇宙研究の分野で2つの大きな出来事がありました。興味を持って探究を続けることで、新たな素晴らしい発見があるという事実に、研究者として大きな刺激を受けたのを覚えています。

中学時代の佐藤さん

ビッグバンの研究には最先端の素粒子物理の知識が必要だったので、勉強は大変でしたが頑張って学びました。素粒子の法則から宇宙の起源を研究することに対して、周囲からは夢物語のように思われていたかもしれません。インフレーション理論を最初に発想した時は、半信半疑な反応もありました。しかし、その後観測が進み、インフレーション理論の証拠も発見されたのです。

一見、関係なさそうな理論を結び付ける発想力が鍛えられたのは、父親の影響もあります。父は、今は香川大学農学部になっている農学校で、農業化学を学び、科学に対して見識が深かったので、宇宙の話もよくしてくれました。私がアマチュア無線の部品が欲しいと言えば、東京出張のついでに秋葉原で買ってきてくれましたし、これをやれと上から押し付けるのではなく、私が興味のあることを探究するのに協力してくれる姿勢でした。

東京大学の研究室、膨大な本の間に…(2002年)

現在最も関心を抱いているテーマは、宇宙のダークエネルギーです。少し前まで、宇宙の膨張スピードは減速していると考えられていましたが、ダークエネルギーが原因で、60億年ほど前から再び加速に転じていると言われています。そのダークエネルギーと宇宙の始めにインフレーションを起こしたエネルギーは、何かの繋がりがあるのではないかと思っています。今は科学行政に関する仕事が中心なので研究に十分な時間を割けないのですが、このテーマの研究が若い人たちによって進むことを期待しています。

日本の科学レベルの凋落に危機感

明星大学はもともと天文学の研究に熱心な大学で、宇宙論の講義を依頼されたのをきっかけに、非常勤講師として5年以上務めました。東大も良い環境でしたが、明星は丘の上に広いキャンパスがあり、建物からは都心や富士山も見えるという素晴らしい環境です。こうした場所で勉強できる学生さんは幸せだなと思いました。東大を退官後は、常勤客員教授として1年間務め、以後非常勤の客員教授として務めております。明星の学生さんたちは本当にまじめで、講義では積極的に質問してくれましたし、天体観測を行った際も様々なアイデアを出してくれるなど、楽しく過ごすことができました。

日本の学術研究は非常に凋落しており、底上げが大学全体の課題となっています。各国の科学レベルを表すトップ10論文数で、かつて日本は2番目か3番目に位置していましたが、現在は10位以下となり、人口が半分の韓国にも負けてしまっています。この状況を変えるには、若手研究者と女性研究者の育成が必要です。若手の支援はこれまでも行ってはきたものの、偉い先生の後追い研究のようなテーマを選ぶ研究者がどうしても多くなってしまっています。若い研究者が独創性を出してチャレンジできるような環境を作らければいけません。チャレンジには当然失敗がつきものですが、失敗の経験を通じて、次の課題を見つけてチャレンジをしていく姿勢が大事だと思うのです。

21世紀に入り、人類社会は激動の時代に突入しています。トランプ前大統領の政治姿勢やロシアのウクライナ侵攻に象徴される自国ファーストの勢力が台頭し、インターネットによって世界中に真偽の分からない情報が溢れ、AIの進歩によって人間の心の在り方も大きく変わってきました。こういう厳しい時代を生きるのは大変なことだと思います。

そんな時代にあって、「自ら変革し続け、新たな時代、新たな世界を謳歌する人間性あふれる卒業生を輩出する学苑」という明星学苑の教育ビジョンは素晴らしいものですし、明星大学の教育目標である「生涯にわたり自律的に学び続け、みなと協働して幸福を生み出していく人の育成」という姿勢にも共感します。学生の皆さんは学び続けることで、様々な道が開切り拓き、自分の人生を素晴らしいものにデザインしてほしいと願っています。