学生時代に好奇心の種をたくさん蒔いて人生を充実させてほしい

#045

明星大学学長

落合一泰さん

おちあい かずやす

2020年4月に明星大学第9代学長に就任し、新たな時代の明星大学教育の在り方を提唱している落合一泰学長。明星に来た当初に経験した初年次教育の魅力や、自らの運命を変えた出会い、そしてこれから明星大学が目指す姿について語っていただきました。

明星で体験した初年次教育の素晴らしさ

2015年3月に一橋大学を退官し、同年4月に明星大学の附属教育研究機関である明星教育センターに常勤教授として赴任しました。明星の初年次教育「自立と体験1」を主に担当しました。約20年ぶりに大学1年生を担当するということで、新人のような気持ちで教室に向かいました。明星大学の初年次教育にはしっかりしたメソッドがあり、優れた実績を上げています。受賞歴もあります。「人と関わる」「学びのスタートを切る」「大学生活を見直す」というテーマで進めていく、新入生全員がひとクラス30名程度の70近いクラスに分散して受講する、第一学期の必修科目です。数クラスを分担したのですが、それまで大学院での教育・研究を中心に教員生活を送っていた私には、じつに新鮮で豊かな経験でした。

興味深かったのは、「自立と体験1」がさまざまな学部のタイプの異なる学生たちが混じって参加する学部横断型の授業だったことです。最初、学生たちは互いに自己紹介をしたり、興味のあることを質問しあったりします。そして、自分の心に何かが浮かぶ「思う」という行為と、それを人にきちんと言葉で伝えるための「考える」という行為の違いを学んでいきます。大学で身につけるべき基礎のひとつが、「思い」を「考え」に高めていくことだからです。具体的には、自分の考えを人と共有する実践的なトレーニングを積んだり、グループに分かれて図書館で本を探したり、社会人である大学職員に仕事とは何かをヒヤリングしてその内容をレポートにまとめたりしていきます。そうしたことを1学期間15回繰り返すなかで、学生は「考える力」を身につけ「書く力」を向上させていきます。学生の力が伸びていくのを目の当たりにして、私はおおいに驚き嬉しく思いました。

この授業には忘れられない思い出があります。ある年の4月、「自立と体験1」の1回目の授業が終わったときのことでした。ひとりの女子学生が教室に残り、声を上げずに立って泣いていたのです。私のアシスタントを務めていた上級生の女子学生がそれに気づきました。そして、そっと近づき、話を聞きながらハグし、しばらくのあいだ背中をさすってあげていたのです。ややあって女子学生は表情を取り戻し、教室を後にしました。見送ったアシスタントに聞くと、理工学部の学生で、学部内に女子が少ないことから、大学生活をうまく送れるか不安になって泣いてしまったのだそうです。ハグをしながらアシスタントは、「大丈夫、私も同じだったから。同じコースの2年生を知っているから紹介するね。少しずつ慣れていこう」と言ってあげたのだそうです。落ち着いて優しい言葉をかけてくれたアシスタントの判断と行動力には驚き、感謝しかありませんでした。元気を取り戻したその学生は、次の回から最終回まで皆出席でした。嬉しかったのは、翌年アシスタント募集があったとき、その学生が「自分も後輩の役に立ちたい」と応募してくれたことでした。学生同士のいたわり合う気持ちが、こうしてつながっていきました。明星らしい、私には宝物のようなエピソードです。

学長に就任して以来、教室で学生を直接教える機会はほとんどなくなりました。それでも「学生第一」という私の基本は変わりません。どうすれば学生の卒業後の日々がさらに幸福になるかに常に思いをめぐらせ、アイデアをどう施策に移すかを考える毎日です。

研究者としての人生を変えた出会い

創立100周年に当たって、明星学苑は「変革」を今後のキーワードのひとつにしました。自分自身を振り返ると、人とのさまざまな出会いが私を変えてきたと思います。特に強い影響を受けたのは、文化人類学者・思想家の山口昌男先生(1931-2013)からでした。私が大学院生だった1977年11月に、客員教授で滞在していらしたメキシコシティで初めてお目にかかり、翌2月に私の調査地だった遠い南部の山間部まで訪ねて来てくださいました。そこから長い付き合いが始まりました。

当時、私は経済人類学をテーマにフィールドワークを進めていたのですが、調査地で山口先生から強烈な一撃をくらいました。私の話をじっと聞いていた先生が、「君が本当にやりたいのはそれではないでしょう?」と仰ったのです。山口先生は芸術全般とくに演劇に造詣の深い方でした。東京・築地に生まれた私は子供時代から芝居や歌舞伎に親しみ、小劇場運動が盛んだった時代背景もあって高校と大学では演劇研究会に所属するなど、芸能や演劇に強い関心を抱いていました。しかし、学問の世界に入ってからは、当時の花形テーマであった経済人類学を突き詰めようとしていました。

メキシコの山間部で山口先生に自分のこれまでの興味関心を話したとき、経済人類学より演劇のほうに熱が入っていたのかもしれません。「どうしてそれを学問にしないの?」と問われたとき、私は反射的に「え?やってもいいんですか?」と答えたのです。ずいぶん素っ頓狂な返事をしたものでした。しかし、とっさに口を突いた言葉だったとはいえ、自分の深いところから出た言葉だったと思います。山口先生は、私が自分に根差した好きなテーマを抑え、当時はやりのテーマに食いつこうとしていたことに気づかせてくれたのでした。私は山口先生の言葉に勇気づけられ、自分の研究テーマを大きく変える決断をしました。メキシコ南部の小さな村での山口先生とのあの対話がなければ、いまの私は存在しないでしょう。

落合学長の50年前の写真です。「メキシコの地を初めて踏んだのは1972年6月、20歳のときでした。交換留学生としての1年間、メキシコの人と文化と自然に親しみ、発掘調査にも参加し、マヤ文明への関心を深めていきました。この月日が、その後の人生を方向づけました。」

その後、山口先生の紹介で演劇雑誌に批評記事を書くようになり、博士論文のテーマも現代マヤ先住民社会のカトリック典礼の研究にするなど、学者としての自分の立ち位置を大きく変えました。10年ほど経過するなかで自分の研究スタイルが確立していき、その後も10年単位でいろいろな事が少しずつ変わっていきました。山口先生との交流は、先生が亡くなるまで続きました。そのすべてが私の血肉になったと感謝しています。

新しい時代に向け3つの柱を打ち立てる

2020年6月、新しい時代に向けた「明星大学教育新構想」を新学長として打ち出しました。新構想が目指すのは大きく3つあり、いずれも「実学の明星大学」の実現を図るものです。

1つ目は「学修者本位」。これまでの教授者中心から学修者中心へと考え方を変え、教員が何を教えたかより学生が何を身につけたかを重視します。明星大学ではそれにとどまりません。学生自身が4年間の学修計画を自分で立て、必要な単位の取得状況や履修する順番を自分でチェックし、見直しを加えながら勉強を進め、卒業をもって自分の質を保証してみせるというのが、明星大学の「学修者本位」の考え方なのです。学生一人ひとりが自主的に学修PDCAを回し、自分の学修成果に基づいて次のステップにみずから進んでいくということです。そのために教職員は学修の場を用意し、必要な支援を行います。社会に出れば、職業人にはPDCA型の業務遂行が当然のように求められます。ですから、学生には自分の学修を素材にPDCAの仕組みを大学時代にしっかり身につけ、その効果を実感しておいてほしいのです。

2つ目が「クロッシング」。ワンキャンパスにすべての学部と学科がそろう総合大学という明星の特色を活かし、学部の垣根を越えて学び合う分野交差型の学修の場を提供するのです。学生たちが普段とは別の角度からも課題やテーマにアプローチする学修。これを明星大学の特色にします。これができると確信したのは、前述した学部横断型の「自立と体験1」の授業経験があったからです。社会に出れば、専門の異なる者同士でコミュニケートし、課題に取り組み成果を出すことが求められます。ですから、学生時代には専門領域を深めるだけでなく、異分野との交流の仕方や面白さ、豊かさを学び取っておいてほしいのです。

3つ目が、「データサイエンス」の学修です。2023年度、データサイエンティストを養成する専門課程「データサイエンス学環」を発足させます。他学部の学生も、自分の専門研究に合わせ学環の科目を履修することができます。さらに、データサイエンスの基礎を全学必修科目にします。明星大学の学生は全員が、データ駆動型社会に移行する新時代が求めるデータ分析力やAIの基礎力を備えて卒業していくのです。学部を問わず、明星大学での学修活動の全体をデータサイエンスで環のように結んでいきたいと考え、学部ではなく学環という名称にしました。さまざまな分野でデータを活用できる人間を育成し、社会の要請に応えたいのです。

大学時代には、将来に向け好奇心の種をたくさん蒔いておいてください。専門分野外にも好奇心を向けておくと、思いがけないところで面白いつながりが生まれたりします。すべての種が発芽するとは限りませんが、種をまく行為そのものが楽しいですし、人生がきっと豊かになります。世の中全体が専門性重視に向かっている時代だからこそ、学生の皆さんには大学時代にクロッシングを繰り返し、自分の幅を広げておいてもらいたいのです。