お知らせ

2024年度高校本科・MGS入学式 式辞を公開しました

2024.04.10

校長室便り

2024年度 高校本科・MGS入学式 式辞

 正門をくぐり、武蔵野の面影が残る並木道を歩くと、時折りやわらかい風が身体を包みます。新しい命が芽吹く喜びに、胸を躍らせる春の佳き日、大室容一同窓会長、今池俊彦PTA会長をはじめ、多くのご来賓、保護者の方々に見守られ、明星高校入学式を執り行えますこと、本校教職員一同、心よりお祝い申し上げます。晴れて明星高校の一員になった新入生諸君、入学おめでとう。保護者の皆さまのお慶びも一入のことと存じます。明星で過ごす3年の時間、期待に胸を膨らませていることでしょう。創立者児玉九十先生は「健康・真面目・努力」を校訓に掲げ「体験教育」を方針に定めました。この思いを受け継いだ私たち教職員は、3年後にあなたが本校から力強く巣立つこと。そして社会に良き変化を作り出す「起点」つまり出発点となることを願い、力を尽くしてまいります。

 先日の歓迎会では、ここ児玉九十記念講堂始め、充実した校内の設備を紹介しました。一方、あなたの学校生活を包む「自然」と「人」が織りなす環境も見逃せません。広い敷地に息づく千本の樹木。若葉萌え、緑まぶしい季節を終えると、冬枯れの落ち葉が風に舞い散ります。可憐な花を咲かせ、黄金色の果実をたわわにつけた木々には、虫と鳥が集い、四季折々の景色を彩る。些細な変化に気を配り、命の営みを感じましょう。1600人が過ごす校舎には、日々人の手が入り、丹念に整備されています。これを当たり前と思わず、誰が、どう快適さを維持しているのか。異変に気づいた時には自ら行動し、変化を生み出す人になってほしい。鋭敏な感性は、学力と同等以上に、重要な時代になりました。あなたが将来身を投じる世界は、大小さまざまな問題解決への「起点」となる人が、いっそう求められることでしょう。本校はSDGs推進校ですから、ここで海の環境と、ジェンダー問題の「起点」となった人の話をいたします。

 十年ほど前、私は忘れえぬ出会いをしました。千葉県船橋漁業協同組合の巻き網漁師、大野一敏さんです。私は海の環境に関心があり、専門書を読んだり、海に潜る海女や、漁師への取材を重ねてきました。中でも大野さんには、人ひとりが、ここまで歴史を動かすのかと驚かされ、個人が秘める可能性と、言葉の力に心が震えたのです。日本が高度経済成長下にあった半世紀前。工業化と人口急増のため、東京湾は汚染され、灰色に濁りました。三浦、房総の両半島に挟まれ、わが国で最も広く守られた海。小さな魚貝類もすくすく育つ「魚のゆりかご」と言われた水中のオアシスは、窒息寸前まで追い込まれたのです。漁業の将来は絶望的となり、漁師が次々と海を離れる中、大野さんは立ち上がりました。東京湾の保全を国会で訴え続け、とうとう開発計画を覆したのです。「魚のゆりかご」が、奇跡的に息を吹き返す道筋がつけられました。その急所は「三番瀬」という干潟です。ここ府中市の面積ほどの湿地帯が、東京湾の生命維持装置であることを、大野さんは見抜いていました。今も多くの野鳥が集い、江戸前の新鮮な魚介類を食卓に贈ってくれる東京湾。大野さんが掴んで離さなかった細い命綱が、青い海を手繰り寄せてくれたのです。

 「どんな大きな社会運動も、始まりは一人だった」。二〇世紀アメリカの文化人類学者、マーガレット・ミードは言いました。「どんな大きな社会運動も、始まりは一人だった」。大野さんの姿が重なります。ミードは、次の言葉も残しました。「明日起こる大人の問題を解決できるかどうかは、今日の子どもたちの成長を、どれだけ大きなスケールで測ることができるかにかかっている」。私たちはぐっと腰を据え、思い切り両手を広げ、大きな物差しであなたの行動を見守らなければなりません。文化人類学者は、言葉が通じない土地に出かけ「文化の新しい起点」を作る仕事です。ミードはスマホもパソコンもなかった時代、ジャングルに飛び込み、地道に観察と対話を繰り返し、ジェンダーという概念を生み出しました。彼女も偉大な先駆者の一人だったのです。

 現代は生成AIが、私たちの思考を代行し、論文や小説さえも、一瞬で仕上げてしまう。しかし指示をしなければ動かない機械は、希望の「起点」にはなりえません。まして周りを巻き込む、意志も能力もない。あなたには、いち早く変化に気づく「感度の高い」人。自ら行動して、解決を導く「起点」になってほしいのです。明星での三年間が、密度の濃い時間になるよう、私たちは精いっぱい応援いたします。最後に、保護者の皆さまには大切なお子さまを私たちに託してくださり、光栄に思っています。教職員一同、心よりお子さまの成長を応援させていただくことを、お約束申し上げ、式辞といたします。本日は、おめでとうございました。

令和六年四月八日

明星高等学校 校長 水野 次郎

伴奏 岩崎  このみ

揮毫 長谷川 圭美