

明星学苑では、創立当時から“体験教育”に欠かせない活動として、さまざまな行事、なかでも郊外学習を積極的に実施してきました。この流れは現在でも継承され、小学校6年生の「夏の学校」、中学1年生の「海の学校」、中学2年生の「緑陰学校」をはじめ、幼稚園から中学高等学校まで、学年ごとに宿泊行事の機会を設けています。学校を離れての学びの場は、園児や生徒たちの知識欲と活動力を十分に引き出し、「体験」を身につける環境として、まさに最適なのです。
記録によると、創立間もないころから、明星中学校の生徒たちは、「夏の学校」として、校内作業班、登山班、水泳班の三班に分かれ、7月下旬いっぱいを団体生活で過ごしていたようです。校内作業班は、草取り、コンクリート作業、ペンキ塗り、校内の床・廊下などの作業を担当。全員が気持ち良く二学期を迎えられる環境を整えました。登山班は、南アルプス縦走、北アルプス縦走など、体力と忍耐力の習得に挑戦。そして水泳班は、1927(昭和2)年から房州の北条海岸の旧一高水泳場で活動しました。浜田屋本店を宿泊所とする団体生活は、24時間の人格接触の教育が行える意義深いものであり、水泳や団体訓練の他に映写会、芸能会、試胆会なども実施されたそうです。「夏の学校」は、生徒たちにとっては永久に忘れられない思い出だったと思います。
1931(昭和6)年8月15日発行の『体験教育』に、海の学校に参加した生徒の作文が掲載されているので一部抜粋します。
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| 1927年(昭和2)年7月に行われた夏の学校(水泳班)の様子。房州の北条海岸にて | 「海の生活」
ピーと笛が鳴った。起床の笛だ。笛の音を知らずに未だ眼を覚まさぬ者もある。起きて床をたたみ、ねむい目をこすりながら洗面に行く。次に皆庭に集まって黙祷をする。其時の深呼吸は殊に気持がよい。その後梅干とお茶で其日の気分を調和するのである。一休みしていると朝食の合図が鳴る。そうすると大急ぎで膳につく。
暫くすると自習である。自習がすんでから海に出かける。赤銅色にやけた体に水泳着をまとい、砂を蹴立て海に突進する姿は、如何にも元気旺盛なる中学生らしい。
水泳の合間合間に砂浜で甲干をする。太陽が真上から照るからたまらない。但し黒坊になりっこの競争だから男らしい。辛い物の後の甘いものは余計甘く感ずる様に海から帰って来てのおやつは特にうまい。就中しるこや「餅菓子」は皆舌鼓を打つ。
現在の子どもたちにも、さまざまな体験を通じて、当時に負けない楽しい思い出を数多く作ってもらいたいものです。
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