

明星学苑では、1927(昭和2)年の学校法人明星中学校誕生と同時に寄宿舎(寄宿制)が導入されました(明星学苑報No.14「歴史点描」参照)。その寄宿舎が、終戦後の食糧事情でやむなく一時閉鎖されたのが、1947(昭和22)年の春。この寄宿舎の閉鎖がその後の明星幼稚園誕生に大きく影響するのですから不思議な因縁です。
1947(昭和22)年3月、配給食糧の極度の不足により、寄宿生徒の生命の危険すら感じるようになり、20年続いた明星学苑の寄宿舎は閉鎖されました。その後、寄宿舎跡の建物には、15名程の先生方が、家族とともに引っ越して住むことになったのです。ちょうど幼稚園児にあたる年齢のやんちゃなお子さんを持つ先生方が多かったため、ときには中学校の授業中に小さな子どもが教室に紛れ込んでくるハプニングも。そこで、寄宿舎跡の一室に先生方のお子さんを集めて教育を行なうことになりました。いわば、学苑関係者の子ども専用の“幼稚園”です。
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創設期の明星幼稚園
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やがて、その“幼稚園”の様子を見た生徒の保護者から、ぜひとも子どもを教育してほしいとの依頼が相次ぎました。外部の子どもを入れるには、正式な幼稚園としての認可が必要となるため申請し、1949(昭和24)年4月に認可を取得。同年9月15日、ついに正式に明星幼稚園が発足したのです。寄宿舎の閉鎖、先生方の移住、そして多くの保護者からの声など、さまざまな要素が絡まりあっての幼稚園発足までの道のりでした。しかし、幼稚園の誕生は、それらの“因縁”の通過点に過ぎませんでした。
実は、幼稚園が発足してまもなく、明星幼稚園の教育効果を認められた園児の保護者方から、「幼稚園に続く小学校もぜひ建てていただきたい」との熱い要望がありました。その声に応える形で、翌年の4月に明星小学校が誕生することになります。現在、幼稚園から、小、中、高校、大学、さらには大学院まで備える明星学苑ですが、“総合学園”として発展していく、その第一歩は、1949(昭和24)年の明星幼稚園の誕生から始まったとも言えるのです。
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