index 巻頭特集「理事長ヴィジョン」 教育の現場から1 教育の現場から2 クローズアップ1 クローズアップ2 歴史点描


80余年におよぶ明星学苑の歴史と先人たちの英知に、新しい時代を生きる力を見つめ直す「歴史点描」――。今回は、全国区の強豪として現在も活躍を続ける明星高校ハンドボール部の栄光の足跡を部員たちのエピソードも交えて辿っていきます。

58年の歴史を持つ明星高校ハンドボール部が発足した当時、東京都にハンドボール部を持つ高校は数多くありませんでした。少数の生徒で始められた部は、歴代部員たちの努力によって全国を制すまでに発展し、「ハンドボールの明星」の名を今も全国にとどろかせています。

栄光を刻み続ける明星高校ハンドボール部の伝統

 明星高校ハンドボール部は、戦後間もない時代、1948(昭和23)年に創部されました。伝統ある同部の活躍はたいへん目覚しく、全国選抜出場14回、インターハイ出場32回、関東大会出場42回の実績を誇っています。数々の栄光のなかで、明星の名を最も全国に広めたのは、1964(昭和39)年のインターハイ制覇、1966(昭和41)、1967(昭和42)年にインターハイと国体を制し“ダブルクラウン”を2年連続で達成した偉業が挙げられるでしょう。
ハンドボール部練習風景
 これほどの成績を残せる実力を鍛えるためには、並大抵でない努力が基本となっていたことはいうまでもありません。明星高校ハンドボール部は、全国制覇を成す数年前までは、決勝へ駒を進めることはできたものの、日本一への道に愛知県の桜台高校がいつも壁となり立ちふさがっていました。当時の部員たちはライバルを破るためには、普通の練習では駄目だと悟ったのでしょう。1964(昭和39)年の1月は、「必ず宿敵に勝つ」という強い決意のもと自発的に元旦から練習をはじめ、見事その年にインターハイ初優勝を成し遂げました。さらに、3年後に埼玉県で行われた国体では桜台高校に勝利し、悲願とともに連覇を達成しました。
1966(昭和41)年に
受けた日本スポーツ賞
明星高校ハンドボール部はこの年、2年連続ダブルクラウンを獲得した功績により、読売新聞社から名誉ある日本スポーツ賞・優秀団体賞を受けました。
 また日本代表として、世界を舞台に活躍した卒業生もいます。日本のハンドボールがオリンピックに初参加した1972(昭和47)年のミュンヘン五輪には、氷海正行氏、佐々木健一氏が出場。さらに1974(昭和49)年に東ドイツで行われた世界選手権大会代表に村田幸男氏、1983(昭和58)年の全日本ジュニア代表に宇田川竜也氏が選出されました。
 2年連続ダブルクラウン以降も、1989(平成元)年に全国選抜大会・国体優勝、1981(昭和56)年、1989(平成元)年にインターハイ準優勝、1981(昭和56)年、1988(昭和63)年に全国選抜大会準優勝、1988(昭和63)年にインターハイ3位など、数々の誇るべき実績を残しています。近年、全国区での上位入賞こそ惜しくも逃がしていますが、2006(平成18)年は5年連続34回目のインターハイ出場、5年連続43回目の関東大会出場を果たしました。現在も部員たちは、「もう一度全国の頂点へ」をスローガンに、新たな伝統を築くため日々練習に励んでいます。

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